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東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)107号 判決

原告 坂本勝太郎

被告 公立学校共済組合

右代表者理事長 田中義男

右訴訟代理人弁護士 小野孝徳

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が原告に対し、昭和三八年一〇月一〇日付で原告の退職年金を三三三、四七〇円と決定した処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は、昭和四四年四月一九日香川県立三豊高等女学校教諭に任ぜられ、山口県立徳山高等女学校教諭、石川県立青年学校教員養成所教諭を経て、同一九年四月一日石川青年師範学校助教授に任ぜられ、次いで、同年九月二〇日島根県立益田高等女学校教諭に任ぜられ、同県立益田高等学校教諭を経て同三八年三月三一日福井県立武生高等学校教諭を退職した。

二、原告は、右退職に伴い、被告に対して地方公務員等共済組合法(以下「組合法」という。)による退職年金の請求をしたところ、被告は同三八年一〇月一〇日年金を三三三、四七〇円と決定し、この旨同月一九日原告に通知した。

三、しかし、右決定は、次の理由により、違法として取消を免れない。

1  恩給法旧六二条四項は、(「教育職員に普通恩給を給する場合)其ノ在職年中ニ中学校又ハ之ト同等以下ノ程度ノ学校ノ教員職員トシテノ勤続在職年数一七年以上ノモノヲ含ムトキハ其ノ勤続在職年中一七年ヲ控除シタル残ノ勤続在職年一年ニ付退職当時ノ俸給年額ノ三〇〇分ノ一ノ割合ヲ以テ之ニ加給ス」と定め、右勤続加給の制度は昭和二九年三月三一日まで存続した。

2  右規定によると、原告の在職年数中、三豊高女奉職から一七年を経過した同二一年四月一日から同二九年三月三一日までの期間は、勤続加給の対象となる年数である。尤も原告の右在職年数中には、前述したように官立専門学校である青年師範学校助教授としての期間がある。しかし、(イ)公立の青年学校教員養成所から官立の青年師範学校への学制改革は、同一九年当時の戦争目的遂行上行なわれたものであり、かような改革がなされるとは、勤続加給制度が設けられた当時予想されておらず、原告の助教授任命も右改革に伴うもので、本人の意向の有無にかかわらず強制的に任命されたものであること。(ロ)勤続加給制度の立法趣旨は、これが制定当時、官立学校の教員や官吏の給与に比較し、小学校教員の給与は一五〇分の一、中等学校教員のそれは三〇〇分の一それぞれ低かったため、年金面においてこれが不利益を是正しようとしたものであること。(ハ)前記六二条四項にいう「勤続」とは、教育職員としての勤続である限り勤務先が中等学校または専門学校のいづれであるかを問わない趣旨であると解するのが、一般の社会常識に合致していること。以上の理由により、前記助教授の期間は同条項にいう「勤続」期間に算入すべきである。

3  しかるに、被告は、前記助教授は恩給法上文官であるから、原告につき勤続加給は適用されないという理由で、加給による加算をすることなく算出して、原告の退職年金を決定した。

よって、右決定の取消を求めるため、本訴に及んだ。

立証≪省略≫

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、請求原因中第一、二項の事実、恩給法旧六二条四項に原告主張どおりの勤続加給の定めがあり、被告が原告主張の理由により本件退職年金を決定したことは認めるが、その余は争うと述べ、次のとおり主張し、甲号各証の成立は認めると述べた。

一、原告の退職年金は組合法に基づくものであるところ、地方公務員等共済組合法の長期給付等に関する施行法の規定により、組合法施行前の在職期間のうち恩給公務員期間に対する金額の算出については、恩給法の規定の例によるとされている。

二、原告の履歴を恩給法の規定により分類すると、(1)昭和四年四月一九日から同一九年三月三一日までの教諭在職期間一五年は、同法上の旧制中学校程度の学校の教育職員の期間、(2)同一九年四月一日から同年九月一九日までの助教授在職期間五月は同法上の文官の期間、(3)同一九年九月二〇日から同三八年三月三一日までの教諭在職期間は、同法上の旧制中学校程度の学校の教育職員の期間となるところ、勤続加給の制度は、これが廃止された同二九年三月三一日までに公立の旧制中学校程度の学校の教育職員として勤続一七年以上に達した者に限り適用されるものである。

三、原告の場合、(1)、(3)の教育職員の期間は、(2)の文官の期間をはさんでいるため「勤続」とはいえず、(1)の一五年、(3)の同二九年三月三一日までの九、六年はいづれも各別に一七年未満であるから、勤続加給の対象とならない。

なお、勤続加給の制度は、原告の主張にもあるように、旧制小学校程度の学校の教育職員に対するもの(恩給法旧六二条三項)と旧制中学校程度の学校の教育職員に対するものとにそれぞれ区別されているところ、これは、それぞれの学校の優良教員を確保し、永くそれぞれの地位にとどまった者に対する報償を趣旨としているから、同じ教育職員のなかにあっても、両者学校間の転任をした場合は、勤続加給に関する限り「勤続」とはいえず、いわんや、本件のように、教育職員が文官に転じた場合、中断されること明らかである。

三、以上により、原告の主張は理由がなく、被告のした退職年金の決定に誤りはないから、原告の本訴請求は失当である。

理由

一、請求原因第一、二項の事実、被告が原告の退職年金を原告主張どおりの理由により算出、決定したことは、当事者間に争いがない。

本件の争点は、右年金の算出にあたり、原告主張の恩給法旧六二条四項の規定が適用されるかどうか、更にいうと、原告の青年師範学校助教授としての在職期間が、同条項の適用にあたりどのようなかかわりがあるかの一点に帰するから、以下この点について判断する。

二、原告の年金算出にあたり、同人の履歴中恩給公務員期間にかかる金額の算出については、恩給法の規定の例によるとされているところ(地方公務員等共済組合法の長期給付等に関する施行法一一条)、恩給法の一部を改正する法律(昭和二二年法一五〇号)による改正前の恩給法六二条四項(原告主張の恩給法旧六二条四項)に、原告主張の勤続加給の定めがあり、同制度は、恩給法の一部を改正する法律(昭和二八年法一五五号)により、同二九年三月三一日限り打ち切られた。次に、原告の恩給公務員期間は恩給法の一部を改正する法律(昭和二六年法八七号)による改正前の恩給法、文部省直轄諸学校官制(明治二六年勅令八六号)等の関係法規によると、被告が主張第二項で述べているとおりに分類され、教育職員は、恩給法上文官とはそれぞれ別個に取り扱われており、前記昭和二八年法第一五五号の経過規定によると、前記六二条四項の加給は、同二九年三月三一日までにすでに旧制中学校程度の学校の教育としての勤続在職年数一七年以上のものを含む者に限り支給される旨定められている。

三、原告は勤続加給制度の立法趣旨からして、いやしくも教育職員として勤続している以上、勤務先が旧制中学校程度の学校または専門学校のいづれであるを問わず、前記六二条四項に定める「勤続」にあたる旨主張する。

しかし、恩給法上、教育職員と文官が別個に取り扱われていることはすでに述べたとおりであり、前記六二条によると、勤続加給の適用上、教育職員についても、旧制小学校程度の学校の教育職員としての在職年は、旧制中学校程度の学校の教育職員のそれと異り、加給割合を一五〇分の一と定め(六二条三項)、それぞれにつき「勤続在職年」の文言が用いられ、また、両者の学校間を転任した場合の取扱について何ら規定していないから、右転任の場合においても、前記適用に関する限り「勤続」と解することはできない。原告は、勤続加給制度は、小、中学校教員の在職中の給与上の不利益を年金面で是正することをその立法趣旨とする旨主張するが、これを証すべき資料はなく、仮りに立法趣旨が原告主張どおりであるとしても、六二条の規定の文言、体裁からして、前述の結論と異った解釈を容れる余地に乏しい。

四、次に、原告は、同人の助教授任命は、昭和一九年戦時下の学制改革に伴うものであり、本人の意向を無視して強制的になされたものであるから、かような場合、勤続加給の適用上前後の在職年は「勤続」と解すべき旨主張する。

原告の右主張が、それ自体、本件において法律上意味のある主張にあたるかどうかは問わないとしても、当時行なわれた学制改革により、青年学校教員養成所は廃止(前記勅令八六号)されたから、原告はこれにより従前有していた石川県立青年学校教員養成所教諭の身分を失ったこと。当時原告にとり旧制中学校程度の学校の教育職員に就職することはもとより可能であり原告本人尋問の結果によると、本人も内心これを望んだがその旨上司に伝えておらず、他方、助教授任命とともに奏任官待遇に昇任したことが認められること。以上の諸事情を考え合わすと、助教授任命が学制改革に伴うものであるとしても、このことから直ちに、右任命が原告の主張するように強制的であると断言することは困難であるから、原告の右主張も理由がない。

五、以上述べたところによると、原告の助教授(文官)としての在職年が、前記六二条四項の適用上、旧制中学校程度の学校の教育職員としての在職年と「勤続」すると解することはできず、助教授としての在職年の前後の各旧制中学校程度の学校の教育職員としての在職年が、それぞれ同項に定める一七年に達しないことはすでに述べたとおりであるから、原告に対してその主張する勤続加給を適用する余地はなく、そうだとすると、被告のした退職年金の決定に取り消すべき瑕疵はない。

原告の長年にわたる教員生活に、結果的にしろ僅か五月の青年師範学校助教授としての期間が介在するため、勤続加給の適用がされず、しかも右期間が戦争が苛烈の度を深めた時期であるため、原告の教員としての本来の職責上果してどの程度意味があったかを考えると、右適用を拒まれる原告の心情は察するにかたくはないが、本件のような学制改革に伴う教員としての身分の変動を恩給法上どのように扱うかは、畢竟立法政策の問題に属するというほかはない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅賀栄 裁判官 宮崎啓一 大川勇)

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